須堂さくら 作
「辛いかもしれませんけど、洗面所で体を拭いてきてください。着替えは出しておきましたから」
帰ってきた若菜は、時雨に色々なものの収納場所を尋ねながらパタパタと部屋を移動した。
ある程度の事を済ませると、彼女は時雨を洗面所に押し込む。
ほんの少しふらつく彼を支えて、洗面所に入り、濡らして絞ったタオルを手渡した。
「…すいません」
布団に入って、時雨はすまなそうに言う。
くすりと笑って、若菜は彼の額にタオルを置いた。
「妙な事は考えなくてもいいですから、ゆっくり眠って元気になって下さい」
「…はい」
殊勝げな表情に微笑みかけて立ち上がる。
「あ…」
「はい?」
かかった声に振り返り、首を傾げる若菜に、時雨は視線をさ迷わせた。
「―――――…て、下さい」
「え?」
「…ここに、いて下さい」
見つめてくる瞳を、驚いて見つめ返して、彼女は微笑む。
「…はい」
言われた通り、ずっと隣についていて、タオルを取り替えたりなどしていると、ぼんやりと空が明るくなってくる。
ちらりと時雨を見ると、ずいぶん顔色が良くなっていて、若菜は安堵した。
そっと立ち上がって台所へ向かう。
「ん…」
目を開く。よい匂いを不思議に思って起き上がり、台所に女が立っているのに気付いた。
どうしたのだったか、と考えて、昨日のことを思い出す。
ずいぶんと迷惑をかけた。そして何も言えなかった。
「あ…時雨さん」
振り向いた彼女が微笑んだので、時雨はほんの少し気まずく思う。
「熱を測っていて下さいね。すぐにご飯ができますから」
言われた通りに体温計を取り出しながら、昨日の言葉を思い出した。
『何も聞きませんから、早く元気になって下さい』
心配させて、それ以上はできないと思った。悲しげな表情の若菜を見て、どうしたら良いか分からなくなった。他に方法を思いつかない。
自分の生きてきた場所は、それ程彼女とは離れているのだと、哀しく思う。
「…若菜さん」
「え?何ですか?」
食事を済ませて、片付けを始めた若菜の背中に、声をかけると、彼女は振り返って不思議そうにする。
思わず黙り込むと、彼女はパタパタと近づいてきた。
「どうかしましたか?もしかして、また辛くなったんじゃ…」
「…いいえ。…すいません」
「何がですか?」
キョトンと見つめてくる瞳に、戸惑う。
自分はどうやって、彼女と話していただろうか。
「…心配を、させたんだと思います」
「あぁ…」
やっとのことでそれだけ言うと、彼女は苦笑した。
「昨日も言いましたよね?…そんなことを気にしなくってもいいんです。元気になったんだから、それでいいんですよ」
「…はい」
彼女は、優しい。
ようやく、ようやく。
彼は彼女に恋をした。
惚れたなんだは良く分かりません。 一番難しい感情なので、表現に困るというか…。 今回は、恋をした、というかえぇと、「人間」になったって感じで?(何)