新生DREAM

傷痕

DREAM de お題

須堂さくら 作

「紅葉くん!若菜ちゃんってどこに住んでたんだっけ?」
 駆け込んできた足音が、その日の事件を告げていた。

「若菜ちゃんっ」
 パタパタと駆け込んできたのは小春。その後ろから紅葉がついてくる。
 慌てたような表情を不思議に思いながら、若菜は二人を出迎えた。
「どうしたんですか?」
「あのね、若菜ちゃん、時雨くんと知り合いだって聞いて」
「…時雨さんに、何か」
「あ、心配しないでね、大したことじゃないんだけど」
「何が…」
「昨日の仕事で…」
 言いかけた小春を制すように、紅葉が口を開く。
「熱を出して、寝込んでるんだって。行ってあげて?若菜ちゃん」
「…熱を出したんですか?」
 昨日はあんなに元気そうだったのに。
 疑問に思う若菜に、小春はポケットから鍵を取り出した。
「行ってあげて、若菜ちゃん。案内するから」

 鍵を開くと、部屋の空気は凍ったようで、若菜は思わず立ち止まる。
「お、おじゃまします」
 おずおずと言って、玄関を上がり、電気をつけると、張り詰めた空気は解けた。
 何もない部屋の奥、ベッドの上で半身を起こした時雨が、意外そうな表情で見つめてくる。
「…どうして」
「あ、あの、小春さんから聞いて…大丈夫ですか?」
「……………」
「…熱は、どのくらい…」
 額に触れると、時雨は目を閉じた。かなりの高温だ。
「測ってみて下さい」
 体温計を差し出して、ぐいと肩を押す。
「寝ていて下さい。何か作りますね」
 彼が自分の言葉に従うのを確認して、若菜は台所に立った。
 ガランとした台所。冷蔵庫もないその場所に、若菜はほんの少し驚く。
『何にもないから、色々持って行った方がいいよ』
 と言われて、家から調理道具を持ってきて、来る途中で食材を買ってきたのだけれど。
 これほどまでとは、思っていなかった。
「…どうしましょう」
 そんなに多くは買って来ていないけれど、一日で消費してしまえる量ではない。
 仕方がないので、保存のきかない食材から片付けてしまうことにする。
 余裕があったら保冷容器でも買いに行こう。
 そう決めて若菜は、料理を始めた。

「…40度……。だるくないですか?」
「…いいえ、それ程は…」
 返す言葉にも、あまり力がない。
「とりあえず、食べて下さい。お薬はありますか?」
「…いいえ、これは…」
「何ですか?」
 若菜の視線に負けたように、彼は目を逸らした。
「何か特別な薬がいるんですか?」
「…もう、必要はありません」
「必要ないって…」
 目を逸らしたまま、時雨は器を取る。
 それを見て溜め息をつき、若菜は立ち上がった。
「ちょっと、買い物をしてきます。すぐに戻りますから、そこにいて下さい」
 扉の前、ほんの少し立ち止まった彼女は、呟くように言う。
「…何も聞きませんから、早く元気になって下さい」
 パタンと閉じた扉に、彼は小さく息を落とした。

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