須堂さくら 作
「すっ、すいません!」
目を覚ますと、真上に時雨の顔があって、彼女は驚いて飛び起きる。
「…良く眠れましたか」
何でもないように彼は言って、若菜は頬を染めて頷いた。
「は、はい…。すみません。重く、ありませんでしたか?」
「いいえ」
「…か、顔、洗ってきます。…ご飯、食べていてくれて構いませんから」
そう言ってバックを掴み、中から昨日のうちに用意しておいた食事を取り出して置く。
キョトンとする時雨を置いて、化粧室に向かった。
蛇口をひねると、冷たい水が勢い良く出てくる。
昼夜通して走るこの電車には、割としっかりした化粧室が付いていて、ある程度の事はここでできる様になっている。
そこで色々と身繕いを済ませて席に戻ると、待っていたらしい時雨が顔を上げた。
「あ、お待たせしました。食べましょうか」
「…はい」
昨日作ったのは、買い置いてあった食パンに、ほんの少し具を挟んだだけのサンドイッチ。
何しろ慌てて準備したので、大したこともできなかったのだ。
それを申し訳なく思いながら、若菜はちらりと時雨に視線を向ける。
普段から料理の感想なんて言わない彼は、やはり無表情にサンドイッチを頬張っていた。
「あの、時雨さんって、いつも何を食べてるんですか?」
ふと疑問に思ってそう問いかけてみる。
時雨はキョトンとして、考え込んだ。
「………あまり」
「た、食べないんですか?」
「…いえ」
どういう意味なのか、彼はそんなことを言って、首を傾げる。
「…おいしいですよ」
「え?」
「…これ、おいしいです」
「あ…ありがとうございます」
予想外の言葉に、若菜は頬を染めた。
なんでもないことのように言うから、何となくたちが悪い。
「…ここに、母がいるんですか?」
「はい」
「そうですか…」
ついに来てしまったのだ、と思っていると、時雨はそっと手をとって歩き出した。
「あ、あの、時雨さん?」
「大丈夫です」
「だ、大丈夫…ですか」
「はい」
しっかりとした言葉に、困惑しながらも彼女は黙って彼についていく。
やがて一軒の家が見える丘に来ると、時雨は若菜に動かないように言って姿を消した。
「若菜さん」
声をかけられて振り向くと、彼はそのまま若菜を抱え上げる。
「きゃっ、ちょ、ちょっと、時雨さん!?」
「目を閉じていて下さい」
突然抱き上げられて慌てる若菜に、静かに言って彼は走り出す。
その速さに、彼女は思わず時雨の首に抱きついて目を閉じた。
「あれがあなたの母親ですか」
「え…?」
動きが止まって声をかけられる。
ゆっくりと目を開くと、そこは木の上。いつの間に登ったのだろう。
彼の示す先を見れば、見覚えのある家の庭、椅子に腰掛けた女性が見えた。
「お母さん…!」
最後に見た母親は、痩せた青白い顔で眠っている姿だった。
今同じように眠った彼女からは、病んでいる気配は見えない。
「…良かった。元気そう…」
ふと、彼女が目を覚ます。
その視線が自分に向けられた気がしてどきりとする。けれどそれは一瞬のこと、すぐに彼女は背を向けて、家の中、誰かを呼ぶような素振りを見せた。
元気そうな姿に安堵して、若菜は時雨を向く。
「…もう、充分です。ありがとうございました」
「…そうですか」
ふと笑んで、彼は飛んだ。
姫抱っこー。でも姫抱っこって書きたくなかったから
読者様の想像力を頼りました。
なので、えー?全然分からなかったー。という方もいると思います…。
あー、もう他に書けなかったんだよなー。