新生DREAM

傷痕

DREAM de お題

須堂さくら 作

「…あの……あの、すみません、時雨さん」
 じっと立っていた時雨に、困ったように声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
「…あの、そんなところに、いられると」
「…邪魔ですか」
 ポツリと漏れるような声に、一瞬どきりとする。
「あ…いえ、えっと…何か、用事があったんじゃあ…」
「…あなたに会いに来ました」
「えぇっ?ど、どうしてですか」
「興味があるからです」
「興味がって…あの、でも」
 心底困り果てて、若菜はじっと時雨を見た。
 見返してくる瞳に、感情の欠片すら見いだせない。
「…えぇと、とりあえず、もっと奥に…」
「…分かりました」
 話を聞いてくれたのに、若菜はほっと息をつく。
 家の中に入っていてくれるように頼んで、若菜はレジに座った。
「…どうしましょうか」
 ため息がちに、呟く。彼は毎日来るつもりだろうか。
 客があまり寄ってくれない。彼を知っているように見える人たちはもちろん、彼を知らない人にしても、男がじっと立ちつくしている様は奇妙なのだ。
 そして若菜の予想通り、彼は次の日もやってきた。

 何日かがそうやって過ぎた。
 開店とほぼ同時にやってきて、じっと立っている。二日目にもう一度中にいてくれるように頼むと、次の日からもそうしてくれた。それで客足が遠のくということもなくなった。
 そして閉店するのだけど、と声をかければ、手伝ってくれてまた来るといって帰る。
 害はない。むしろ、閉店を手伝ってくれるのはとても助かる。何しろ色々な荷物を運ばなくてはならないから、男の手は助かるのだ。
 ただ、自分が落ち着けない。たまに感じる視線が、ほんの少し怖い。
 心まで覗かれてしまう気がするから。

「…あの」
 声をかけると、彼は目を見つめ返してくる。
「はい」
「私に、会いに来てるんですよね」
「…そうです」
「…あの、明日からは、お昼に…一時ごろに来ていただけますか?私、その時間に店を閉めますから、その後、店の前に」
 それで、と若菜は言葉をつないだ。
「お昼ご飯を、一緒に食べませんか」
「…分かりました」
 提案が受け入れられたことにほっとする。
 一時は、閉店には少し早いけれど、どうせそれ以降の時間にはほとんど客など来ないのだ。
 そもそも、この店は、通勤や通学の途中に寄ってくれるように、早朝から店を開けている。
 良く考えてみると、彼は毎朝、あんなに早く、どうして来ることができたのだろう。
 そこまで思いをめぐらせて、視線に気付き、気まずく思う。
 提案が受け入れられたのだから、考えなくてはならない。
 その日、店を閉めた後、彼女は町の地図を広げた。

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