河崎玲 作
コンコンと元気よく扉が叩かれる音が茜の部屋の中に響いた。
「茜ちゃん、朝だよ~?」
小春の声が聞こえて茜は夢から覚める。
「ん~」
茜の生返事に近い声を聞いた小春はガチャッと音を立てて茜の部屋に入ると、茜の布団をひっぺがす。
「ほら、起きて!今日は飛鳥くんの誕生日なんだから!」
半ば叱り付けるような勢いで小春は言った。
「こは…寒い…」
茜はけだるそうにそれだけ言うと上半身を起こす。
ふあぁと眠さから出た欠伸を片手で隠すと、反対の手を上へうんと伸ばし伸びをする。
「おはよぅ、小春」
欠伸をして出てきた涙を拭いながら茜は言った。
「おはよ。茜ちゃん。着替えて起きてきてね?」
それだけ言うと小春は部屋を出ていった。
他の皆を起こすのだろう。
そんなことを考えつつ茜は布団からでる。
肌にあたる空気は冷たく、寝巻越しに茜の体温を少しずつ奪おうとしているのがよくわかるほどだ。
「うわっさむ…」
茜は一人ぼやきながらも昨夜椅子にかけておいた服に着替え始める。
寒いからだろうか、茜の着替えは早い。
着替えたら着替えたで、今度は一晩のうちに冷気で十分に冷やされた服が冷たい。
「これだから冬は嫌いなのよね」
てきぱきと着替えながら茜はふと思う…
同じ事をつい最近言った気がしたのだ。
毎朝思うことだが、こういうことはあまり口に出てはこない。
「まぁ…いっか」
さっきの言葉を考えながらも、茜の手は服をきちんと整え終わっていた。
ふぅっと軽いため息を吐いて、服をかけていた椅子に腰掛けると軽く椅子が軋んだ音をたてる。
いつもの事だ。
茜は鏡に向かい櫛を手に取ると、髪を丁寧にとかしていく。
寝ている間に髪がもつれたヶ所が数ヶ所あり、きれいに櫛が通り抜けない。
そこを重点的にとかしたあと、茜はいつものように髪を一つにまとめた。
きゅっと少しきつめに結ぶと身仕度はすべて完了する…はずなのだが、茜は引き出しを開けると小さな 小包みを取り出した。
中身は不器用ながらも一週間かけて縫いあげた小さなお守り。
怪我の絶えない飛鳥が少しでも無事で過ごせるようにと縫いあげたお守り。
「さて…と、いざ出陣ってね」
茜はお守りを持って食堂に向かった。
「おはよ」
食堂につくなり紅葉が元気の良い声で茜に言った。
「おはよ、相変わらず元気よね…」
呆れとも皮肉とも見て取れない顔で茜は言った。
同い年でもどうしてこう違うものかと考えながら、朝食を並べていた時雨と若菜にもあいさつをすると、紅葉が飛鳥のプレゼントについて聞いてきた。
「ねぇ、茜ちゃんは誕生日プレゼント何あげるの?」
可愛らしく首を傾げて聞いてくる様がとても愛らしい。
「お守り…かな」
それって手作り?と聞かれて茜は頷く。
紅葉は無邪気に笑う。
「茜ちゃんが頑張って作ったんだもん。絶対飛鳥クンの身を守ってくれるよ!」
そうならいいねと笑いながら紅葉の手を見ると、小さな箱。
「紅葉は何プレゼントするの?」
茜は紅葉に言う。
「えっとね、ビックリ箱!」
「はっ?」
いや、今時有りなのか?と思ったが細かいことは言わないでおく。
そう言えばたしか…
「去年もじゃなかった?」
茜はごく最近、紅葉が飛鳥にビックリ箱を手渡して、怒鳴られている光景を目撃した。
「え?ビックリ箱は初めてだよ?」
「?」
確かに見たのだ。
どこであったか…
ここ、ラワンのはずだ。
確かその日は飛鳥の誕生日で…
しかし、飛鳥の誕生日は今日である。
「?」
茜は変な感じがしてその時の記憶を色々とひっぱりだす。
確か時雨は飛鳥は勉強不足だと言って何か難しい本をあけて、小春は使われる日のなさそうな女装セット。
確か…異国のお姫サマって設定。
変わった服を作って、金髪のくるくる髪の毛付き。
というかカツラ付き。
「だったわよね…」
確か飛鳥は無理矢理着せられて…
茜がぼーっとしている間にも目の前でその光景がありありと浮かんでくる。
「一体、何だって言うのよ…」
いやな感じがする。
否応なく茜は不信感に苛まれる。
同じ事を二度繰り返しているように感じる。
いつの事だったか…
「………夢…かな」
それも最近。
「もぉ!夢でなら飛鳥君お人形さんみたいに大人しくて可愛らしいのに!」
唐突に小春が声を張り上げて茜は我にかえる。
どうやら小春が飛鳥に対して腹を立てているらしい。
それもヒラヒラのスカートに金色の髪の毛。
「黙っているならばおしとやかな女性ですけどね」
呆れとも何とも取りがたい声で若菜が言った。
黙って座っているならどこぞのお嬢様なのだろうが…
こんなものを着せられて黙っている飛鳥ではない。
「今日の夢は時雨くんが酒場の歌姫で、飛鳥くんが踊り子さんでね!」
小春が至極楽しそうに言う。
小春が二の句を続けようとした時に、飛鳥の声と時雨の声がそれを遮る。
「やめろ!」
「やめてください…」
茜は小春のことばではっと気が付いた。
今日の夢だ。
確かよくない夢だった。
よくない事が起きた。
そう、飛鳥の身に…
思い出さなければ…
飛鳥が危ない。
確か…外に出たとき上から何かが落ちてきて…
「そうだ、飛鳥くん、そのまま茜ちゃんとお買物行っておいでよ!」
小春が唐突に提案する。
「はっ?ちょって待て。俺は嫌だぞ」
飛鳥は目を細めるが小春達は嫌がっても行かせるだろう。
「決まりだね?そうと決まれば、いってらっしゃい♪」
有無を言わせない口調と、口を挟む隙間を作らない綴られる言葉の発せられる早さ。
もはや飛鳥に勝ち目はない。
「ちょっと待って!」
茜も何か言いたげだったのだが、二人は外に出されてしまった。
ただ行動の早さに茫然とする以外なかった。
「えっと…とりあえずどうしよっか…?」
俯き加減に茜は言った。
「あ~………どっか行くか?」
ため息混じりに飛鳥は言った。
「そうね」
それだけ話すと二人は歩きだした。
特に行く宛てもないまま二人は歩いた。
着いたのは近くの商店街。
飛鳥はガラスに映る自分に対してかなりの違和感を感じながらも茜について歩く。
「どこにいくんだ?」
飛鳥は自分の少し前を歩く茜に問い掛ける。
「ここまできたなら行きたいところがあるの」
茜はさっきそう言ったきり歩調を緩める事無く歩く。
飛鳥は目の前に小さな公園があるのに気付いた。
白い花が咲いている。
茜はその中に入っていった。
「ここ、今からの時期はこの花が咲いてるの」
茜は屈んで一輪花をつむと飛鳥に手渡す。
「スノードロップ。花言葉は…」
茜は噛み締めるように言った。
「希望」
これは一筋の希望。
夢で見たことで、未来を変えられるかもしれない。
否、この手で変えるわ。
飛鳥に怪我なんてさせない。
「希望…か」
「追い込まれたり、挫けそうになったりしても希望を持てってことよ!」
自分に言い聞かせるようににっこり笑う。
自分の気持ちを奮い立たせて不安をかき消すためにも。
「改めて誕生日オメデト、何があっても希望、すてないでね?」
「捨てねぇよ」
飛鳥が笑う。
だが、女装したままの姿では、サマにならない。
「帰ろっか?」
茜は飛鳥に手を差し出す。
「だな」
飛鳥は差し出された手に自分の手を重ねた。
歩きだして公園を出たその時。
めきっと何かが剥がれるような音がした。
茜は反射的に上を見る。
老朽化して剥がれだした店の看板。
二人を目指して下降しだした。
「茜!」
飛鳥が声を張り上げた。
2005/01/23 公開
後書きという現実逃避
初分岐です。よね?
あなたはどちらを選びますか?
切羽詰まった飛鳥か、飛鳥を心配する茜か
クライマックスが違うだけですけどね(苦笑)
飛鳥の誕生日である1月23日に仕上げなければいけないと思い、カラオケで歌いつつケータイでカチカチと文字を打ち込みました。
私の横で歌っていたさくらちゃんに分岐でもいい?と聞いたところ、いいよっと言われ分岐になりました。