須堂さくら 作
コンコン、とノックの音がして、茜は顔を上げた。
そして、一瞬固まる。
「……え?」
目の前にある窓の外。見えた人影。
外開きの窓を器用に開けて、彼は部屋へと入って来た。
「よぉ。茜、元気してたか?」
「なっ…あんた、ここ…三かっ」
「仕事中か?」
慌てる茜に首を傾げる。その、あまりにも普通な様子。
「…あぁもう!…仕事中よ。何?」
「久しく会ってねぇなと思ったから」
にっこりと笑う彼に、息を吐く。
呆れたように彼を見やって、茜は鉛筆を仕舞った。
彼女は画家をしている。大して大きな絵は描かないけれど。
それでじろりと彼を睨め付けた。
「…何よ、突然。あたしものすごい格好じゃない。来るんならそう言ってよ」
「んなもん今更じゃねぇか。今日突然空いたんだよ」
汚れても困らない部屋着に、適当に結んで上げただけの髪を、ほんの少し恥ずかしく思う。
けれど、彼はそんなことなど全く気にしていないらしい。
「…もぅ。いいわよ。…何かやることがあるわけ?」
聞けば飛鳥はんー?と考えこんだ。
どうやらその辺りは全く考えていなかったようだ。
「あー、今日って何日だ?」
「今日?えぇと…九日よ」
ちらりとカレンダーを見て答えると、彼はにやりと笑った。
「…んじゃあ、着替えて来いよ。外出るぞ」
「うわぁ…」
声を洩らした茜に、彼は笑う。
「やっぱり知らなかったのか」
この日は夏祭り。それなりに大々的なイベントを、しかし彼女は把握していなかったらしい。
「あ、射的じゃない?行ってみよ!」
走り出しそうな彼女をくすりと笑って、飛鳥は返事を返した。
「あ、若菜だ」
ぱっと顔を上げた茜は、飛鳥を振り返ることなく駆け出す。
隣にいるのが時雨であるのを確認してから、彼は彼女の後に続いた。
「若菜!」
「あ、茜さん」
振り返った若菜がふわりと笑って、それから飛鳥に気付いて笑みを深くする。
「デート、ですか?」
「もー、そんなんじゃないって。暇つぶしに付き合ってやってるだけ」
「じゃあ、そういうことにしておきます」
「何でそういうこと言うかなぁ」
ぷくりと頬を膨らませた茜をくすくすと笑って、彼女は時雨を振り返る。
「まるで恋人、ですよね?」
「…そうですね」
「時雨まで言うしさぁ…」
「何が何だって?」
ようやく飛鳥が並んできて、会話に入る。
「まるで恋人同士みたい。っていう話です」
「「ありえないから
ありえねぇから」」
二人のセリフがばっちり重なって、お互いちらりと睨み合う。
「何で被らせるのよ」
「不可抗力だろ?じゃあお前が言うなって」
「あたしがあたしの言いたいように言って何が悪いのよ」
「別に悪いなんて言ってねぇよ、被らせるなとかお前が言うからだろ?」
「って何よ、あたしの…」
「二人とも!」
若菜の声に、二人ははっとしてそちらを見た。
「いいかげんにしないと、かなり目立ってますよ…」
彼女の言う通り、ちらちらと二人に向けられる視線が痛い。
「~~~~~あー…それで、本物の恋人同士のお二人は?今日はこれ見に来たの?」
かなり強引ながら茜が話題を二人に振って、若菜は僅かに頬を染めた。
「…えぇ、今日は時雨君も仕事が入らなかったから…二人で」
ちらりと彼に目をやって微笑む。
それに微笑み返した時雨の、その表情に驚いて、二人は思わず彼をじっと見つめた。
「…何ですか」
「あー、はは、いや。珍しいもの見たなー。と思って」
彼は、ひねりもせずに言う茜の言葉に首を傾げる。
どうやら全く意識していないらしい。
「いや、何でもねぇよ。問題なし」
笑いを噛み殺して言ってやる。
納得していないらしい―当然だが―彼は、けれど、それ以上何も言わなかった。
「じゃあ、二人は二人で楽しくどうぞ。邪魔したら悪いし」
あたしはまだまだ遊び足りないし。と笑って言うと、若菜は微笑んで首を傾けた。
寄り添うようにして去って行った二人を見送って、茜は飛鳥を振り返る。
「あいつあんなにああだったっけ」
「…まぁ割とあんな感じじゃねぇか?」
呆れたような声に、ふと笑った。
「…そうね。あんなに柔らかく笑えるんじゃないの」
「あれはどう考えたって若菜限定だろ」
「まぁどっちにしたって良かった」
「そうだな」
「「幸せそうで」」
重なった言葉に今度は二人してくすくすと笑う。
「…とりあえず行くか」
「へ?どこに」
キョトンとした茜の手を握ると、彼はさっさと歩きだした。
「…特等席だよ」
「うわ、すごい眺め」
「この間見つけたんだよ。やっぱ誰もいねぇな」
笑って答えながら、彼は数日前のことを思い出す。
夏祭りの目玉、最後の花火が綺麗に見える場所を探そうと、彼は時雨を強引に連れ出したのだ。
その途中で見つけたこの場所は会場からは少々離れているが、全景が見わたせる良い場所だ。
ちなみに時雨に勧めた場所は…きっと誰も来ない。二人で静かに花火が見られるだろう。
「あ!」
明るい声に我に返る。眼下に広がった祭りの灯の先、真っ赤な花が散った。そしてその後に緑。
色とりどりに開く花火を、茜は嬉しそうに見つめた。
「すごいね!こんなとこから見ても綺麗なんだ」
「だな」
無邪気な声が嬉しい。
まぁ、一歩前進。かな?
なんてちらりと思って、飛鳥は彼女の隣に並ぶ。
祭りの終りは、まだ少し先。
2006/09/04 公開
ということで飛茜です。
例によって時期を逃しているのはもういい加減どうしようもありませんね(駄目じゃん)
えーと、お分かりいただけたかどうかはかなり微妙ですが、暗殺者ネタでは片思い系キャラが時雨くんから飛鳥くんに移動してます。
まぁもちろん(?)両思いではあるんですがほら。茜ちゃんって自分の気持ちに疎いから。
いや、ある意味新鮮でした。
新ドリ内でも純情派(?)の彼ですが、ここでもそんな感じで。
ていうかだから本編はどうしたんだよ!
という突っ込みはまぁもう、諦めてもらうということで(オイ)
えぇと時期が分かり辛いですが…。これはおまけで分かるでしょう。
ということでもうホントにいい加減恒例になってきたおまけです!
今回は時若サイドをちょっぴり覗いてみたいと思います。
え?あの後の飛茜?放置です♪(コラ)