須堂さくら 作
「…あの、どうしましょうか」
「…………」
困ったように、二人は顔を見合わせた。
「では、伯母さん。お世話になりました」
「えぇ、いつでも手伝いに来てね。喧嘩したら帰ってきていいわよ」
笑って言うリアにくすくすと笑って、彼女は数年間を過ごした家をあとにした。
手に持ったのはボストンバック一つ。他の荷物はすでに運び込んである。
「時雨君、お待たせしました」
外に待たせていた時雨に声をかけると、彼は無言で若菜の荷物を受け取った。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
歩き出した時雨について、若菜も歩く。
二人の生活が、これから始まるのだ。
あの日から少しして、彼らは準備を始めた。
そもそもあの家で生活するのは無理なのではないかという状況で、最低限のものすらなかったのだ。
色々なものを買い揃え、家の中を整理する。
若菜は物の少なさに半ば呆れながらも、家を「家」にしていった。
それでようやく、住める程度になったのである。
全くそれまで彼がどういう生活をしていたのかが気になるところだ。
しかし、彼らは忘れていたのだ。重要な、あるものを。
食事を済ませて、風呂に時雨を押し込んだあと、若菜は洗い物を始めた。
食器をすすぎながら、そういえば、と次にやることを思い浮かべた瞬間に、気付く。
「あ…」
固まること数秒。
溜め息をついた彼女はすすいだ食器を並べる。
それから寝室に向かった。
ちょうど風呂から出てきたらしい時雨とかち合う。
困ったような若菜の表情に、彼は首を傾げ、そして、気付いた。
「…あの、どうしましょうか」
「…………」
思わず無言で彼女を見ると、彼女はやっぱり困った顔で自分を見つめてくる。
全く思いつかなかったのだ。
ベッドがもう一つ必要だということを。
あぁ、ソファは後でもいいなんて決めるのじゃなかった。
などと思いながら、若菜は提案する。
「え、えぇと、じゃあ、私、床で…」
「…駄目です」
「でも…」
ここは彼の家で、今まではずっと彼がこのベッドを使っていたのに。
「私は…使えません」
小さな、けれどしっかりとした声に、時雨はほんの少したじろぐ。
それから、息をついて言った。
「…お風呂、入って下さい」
「え?」
「…考えます」
「あ…はい」
思わずそう答えてしまって、何となく気にしながらも若菜は準備を済ませて風呂に向かう。
残された時雨は、どう見たって一つしかないベッドを向いた。
ピピ、と電話が鳴ったのは、その時だった。
2006/07/24 公開