須堂さくら 作
「お待たせ」
準備を済ませて出ていくと、彼はすでに待っていて、それが何となく嬉しい。
「ん?あぁ。…行くか」
振り返った彼は、付き合い出す前からずっと変わらない、こだわりの見えない声で答えた。
だけどそれが照れ隠しだってことは少し前に知ったこと。
「何笑ってんだよ」
顔に出ていたらしく、僅か拗ねたような声で飛鳥が言う。
何を考えているかは、大体バレているらしい。
「ま、いいじゃない。さっさと行こ」
「俺は最初からそう言ってんだけどな」
むすりと言って、さっと手を取る。この辺りは早さが肝心だ。
茜が驚いた声を上げる前に歩きだして、ようやく彼は笑った。
「今日はどこ?」
ほんの少しの恥ずかしさをこらえて尋ねると、飛鳥は首を傾けて答えた。
「紅葉に聞いてきた」
彼は自分で行く場所を考えたりはしなくて、いつだって誰かに聞いた場所に連れていってくれる。
紅葉に聞いた場所、ということは、転がるのにいい芝生のある場所か、綺麗な花のある場所か、まぁその辺りだろう。
はっきり言わない彼の言葉に色々と想像するのも結構楽しい。
そんなことを考えながら引かれて歩くと、やがて彼が立ち止まった。
「ここ?」
「あぁ」
思わず聞いたのは、想像していたのと少しだけ違っていたから。
目の前に広がったのは大きな湖。
キラキラと太陽の光を反射する水は、どこまでも澄んでいた。
「すごいね。綺麗」
「そうだな」
「足とかつけても平気かな」
「いいんじゃねぇ?」
言えば茜はポンポンと靴を脱いでぱしゃりと水を踏む。
「冷たっ」
キュッと目を閉じた彼女は当然か、と笑って岸に腰掛けた。
ヒラヒラと手を振られて、飛鳥も靴を脱ぐ。
きっと楽しいよ、と笑った紅葉の言葉を思い出して、自然、笑顔になる。
今回ここに連れてきたのは正解だったらしい。
「冷たいでしょ」
「…だな」
初夏の季節に湖の水は丁度良く冷えて気持ちがいい。修業ついでに来てもいいかもしれない。
「紅葉とかは何しに来てるの?」
「びしょびしょになるくらい遊ぶと楽しい。ってさ」
「あー、納得。そういうことね」
一人でうんうん頷いて、茜はにっこりと笑った。
「じゃ、そんな感じでいこうかな」
「は?…っ!!」
立ち上がって言った言葉に首を傾げた直後、ぱしゃりと水が降ってくる。
「な…」
「とろいよ飛鳥っ」
茜は楽しそうに言って再び水を掬った。
「お前なー…」
呆れた声を上げる飛鳥にもう一度水をかける。
「だからそうバシャバシャかけんじゃねぇって言ってんだ、ろっ」
言ってない。
バシャンと足を蹴り上げると、予期していなかったのか、避けることもなく彼女は頭から水を被った。
「うわ…びしょびしょ」
思わず呟いてちらりと飛鳥を睨む。
「どうしてくれんのよ」
「お前それ人のこと言えねぇ…」
「問答無用!」
言うが早いかがしりと腕をつかむ。
飛鳥が何か言うより先に、茜は彼を、投げた。
「…さすがにちょっと」
「さすがにも何もやりすぎだろ」
「あはははー」
ちら、と呆れた視線を投げられて茜は笑う。
「いや、笑われてもな」
「いーのいーの楽しかったから」
「そりゃ、お前はな」
呟いて持ってきていたバッグを開けた。
用意していて良かったと思いながらタオルを取り出して放り投げる。
「あ、ありがと」
「いや。…つぅかお前」
「え?」
頭を拭こうとする手を取って、小春がつけたらしい髪飾りを外してやって、彼は何度目か、呆れた声を出した。
「色々台無しだな」
「…余計なお世話よ」
「顔、洗えよ」
「わ、分かってるわよ」
何でこうもこいつは色々見てるんだろう。
小春が軽くしてくれた化粧を洗い落としながら思う。
「謎ね」
「何がだよ」
「…何でも」
悔しくて、聞いたりなんてできないわよ。
少しだけ乱暴に顔と頭を拭いて、さっと髪をまとめる。
それから、ごろんと横になった。
ちらりと見上げると、彼はガシガシと髪を拭いているところで、なぜだかどきりとする。
「何だよ」
「な、何でもないってば」
言って顔を赤くした彼女を彼は笑った。
「じゃ、それでいいけどな」
「何よ、それ」
ムスリと言った茜の、ころころと変わる表情をまた笑って、飛鳥は彼女の横に座り込む。
「…また来るか?」
「……うん」
ちらりと向けられた視線に、茜は笑って、頷いた。
2005/08/23 公開
そしてまた微妙な所で終わるし。
そんなこんなで誕生日おめでとうございます彷徨くん(いつだ)
いやホント、遅れちゃって申し訳ない。
おかげでもう8月も終りだというのに初夏の設定。可笑しい。
えぇと今回のリクエストは
飛鳥×茜
湖みたいな場所
二人はびしょびしょになるまでじゃれ合う
甘々
…甘々?
……あまあま?
…ま、まぁそこはもうほら、心の目で甘さ加減を加えていただくということで。
今回タイトルは…。あんまり意味はない。かも…?(駄目じゃん) お、遅くなって申し訳ない。