須堂さくら 作
彼がその日を苦手だと
気付いたのはいつのことだったろうか…。
-通り雨と春の野-
カチャリと音がして、若菜は顔を上げた。
同時に、展開させていた魔法式を消す。
食事室に入ってきた時雨は、僅かな安堵の表情を浮かばせて、彼女の向かいに座った。
若菜は一瞬不思議そうにそれを見つめ、それからちらりと窓の方を見る。
外は雨。いつの間に降り始めたのだろう。全く気付いていなかった。
視線を戻せば、彼はぼんやりと外を見ていた。
その表情に、若菜はそっと立ち上がる。
「…雨ですね」
横から声がかけられて、時雨は驚く。
「あ、えぇ、はい。…そうですね」
何となく間抜けな返事を返すと、いつの間にか隣に座っていた彼女はくすりと笑った。
「…あの、何か、新しい魔法を作っていたんですか?」
気恥ずかしくなってそう聞く。
キョトンとした彼女は、微笑んだ。
「えぇ。…大げさなものではありませんけど」
「どんなものなんですか?」
「…照明のようなもので…。まだ完全ではないので不安定ですけど。…今少し暗いからちょうどいいかもしれません。見てみますか?」
考えるように彼女は言って、じっと時雨を見つめる。
咄嗟に返事が出来ない彼に笑ってするりと手を上げた。
「…まずは基準。…光を発するもの…」
呟きながら指を動かす。
陣を得意とする彼女が作る魔法は、その形式のものが多い。
白く綺麗な指が作り出す美しい光。
ある種芸術と言っていいほどのその形に、目を逸らすことが出来ない。
「…最後に、銘」
小さく弾けるような音がして、僅かに赤い光が広がった。
「…花火?」
「もう少し纏まる予定なんですけど。出来たら普通の花程度に」
花火が広がった形のまま、光は空中で静止する。
時雨の言葉に苦笑して若菜は言い、パチンと指を鳴らした。
「…あ…」
花びらの形に光が舞う。
ひらひら、ひらひら。
床やテーブルに落ちれば、光はフワと弾けて消えた。
数個の「花」からひらひらと「花びら」が舞い続ける。
幻想的なその様。
「…綺麗ですね」
「だと、いいんですけど」
「綺麗ですよ」
「…ありがとうございます」
積もっても面白いかもしれない。などと呟く若菜の腕に、さっと光が差した。
光はみるみるその場を覆って、魔法でできた僅かな光はそれで掻き消える。
「あぁ…晴れましたね」
ほんの少し名残惜しそうに彼女は光のあった方を見て―もちろん、目を凝らしてみればまだそこに光はあるのだけれど―それから立ち上がった。
「あ…」
思わず漏れた声に、何より自分が驚く。
「あ、いえ。すいません」
振り返った若菜にそう言えば、彼女はほんの少し首を傾げて、微笑んだ。
「…野原を作りたいんです」
「え?」
「…春の花を浮かべて、床は草原の緑…。もう少し組み立てを考えて、それを形にしてあげればできると思うんです」
まるで独り言のように彼女は言う。
ふわふわと、楽しそうに微笑んで。
「…そしたら」
ちらりと、若菜は彼を見上げた。
「そしたら、見てくれますか?」
言葉が理解できなくて、僅か、黙る。
「…見てくれるなら、私は必ず作り上げます」
強い言葉に、はっとして時雨は彼女を見つめ返した。
不安を、見抜くような瞳。
そしておそらく言外に、生きていると、そう…。
「…お願いします」
そっと呟いて僅かに笑みを洩らせば、彼女は嬉しそうに笑った。
2004/09/17 公開
彷徨くんからのリクエストです。
『時雨と若菜さんの雨の日のまったりしたお話』
という、何か分かりやすいんだかなんなんだかなリクを頂きました。
漠然としたリクは色々とこっちで考えられるので楽な場合もあります。
難しい場合もあります。
っていうか
まったりって何なんだよー!!!
てのが最初の印象?
まぁそこは私的に勝手に解釈して。
ちょっと時間の流れをゆっくり書いてみたつもりです。
今回のタイトルは時雨君と若菜さんで行ってみましたー。
時雨君は何のヒネリもなく「通り雨」
若菜さんはホントは新年の季語で食える菜っ葉なんですけど、それはどうよって感じだったので、「春の野原」で。
2人のイメージもそんな感じなんですけどね。
ラブラブ大歓迎ってことだったので、くっつく前バージョンのラブラブを。
この2人は暴走しやすいので大変危険です。
き、気に入ってくれたら良いなぁ…。