須堂さくら 作
はた、と目を覚ましたあたしは、あれ?と思った。
いつになくスッキリと目覚め、けど周りは暗い。
あぁ、どうしよう。バッチリ寝た気分だわ。
ほんの少し考え込んでちらりと窓を見る。まだ月も沈んでない…。
「そーだ」
呟いて布団から出る。上着を引きずり出して、あたしは扉に手を掛けた。
暗がりの先、階段近くの共用所は大きな窓からの月の光で淡く輝いていた。
うん、予想通り。
ここなら月が綺麗に見えるだろう。
…あれ?
人影を見つけて、踏み出しかけた足を元に戻す。
先客かなぁ…。って、あれは…。
飛鳥だ…。
驚いてとっさに動けずにいると、飛鳥の方がくるりと振り返った。
「…茜?」
不思議そうな声が廊下に響く。
淡い光の中、あいつの表情は見えなくて、それがあたしに反応をためらわせた。
「何やってんだ?んなトコで」
再びのあいつの言葉にあたしは顔を上げる。
「いや、あんまり月が綺麗だったからさ、どっか見やすいとこないかなーって」
「こっち、来るつもりだったんじゃないのか?」
「い、行くわよ。まさか人がいると思ってなかったから驚いたの」
何となくムッとして言い返した。
そのままの勢いで飛鳥の隣に座ると、彼は苦笑したようにする。
「何よ」
「…いや、何で、月なんか見に来たんだよ」
明日雨でも降るんじゃねぇ?なんて笑う飛鳥に、あたしはとっさに何も言えなかった。
「…あ、あたしは……ちょっと目が覚めちゃったから、気になっただけよ。…あんたはどうなのよ?」
どうしてだか聞いちゃいけないような気がして、でも口は止まらない。
「どっちかと言うとあんたの方が珍しいと思うんだけど?あんなに良く寝るくせにさ」
「…あー…」
飛鳥の次の言葉に、あたしは違和感の正体を理解して、それからほんの少しだけ後悔した。
「命日。今日。…親の」
「あ…」
そういえば彼の両親はずっと昔、あたしが彼に初めて出会ったそれよりも前に、事故で死んだって聞いていた。
「ごめん。…て言うのもあれか。えーと…でも、知らなかった」
何と言ったらいいのか分からなくて、そもそも言葉を選ぶなんてあたしにはできないから、思った通りに言葉を発する。
「俺もお前の父親の命日知らねぇしな」
「そういや言ってないわね…」
知っているのはDREAM内では若菜くらい。
大事なその日にお花を贈りたいから、なんて、きっと全員に聞いてるのよね。
「…最初に…」
「え?」
呟くように飛鳥は言う。
思わず上げたあたしの声なんて聞こえていないみたいにポツリポツリと。
「連絡が来て…俺達どうしたらいいか分からなくて。…何も出来なくて…ただ、月、見てた」
何も言えなくなって、ただ飛鳥を見つめる。
「馬鹿みたいに綺麗だったんだ…。…それがどうしても、忘れられない…」
空を見上げた視線の先、こいつは何を見てるんだろう。
丸い大きな月はこんなに綺麗なのに、彼はそんなものを見ているようには見えない。
「…じゃあ、あたし…もしかして邪魔…」
「いや」
ハッとして言った言葉に首を振って、飛鳥はあたしを見た。
「…ここにいてくれないか?」
「え…?…あ、べ、別に、いられるならその方がいいわよ」
何となく顔が赤くなるのが分かった。だって、あたしの返事を聞いた飛鳥の笑顔は、柔らかくて。
「…月、綺麗ね」
恥ずかしくて月に視線を移したあたしの隣、くすりと空気が揺れる。
「…そうだな」
…ねぇ、あたしは。
あんたと同じ月は見られないけど。だけどね。
あんたとこうやって、同じ場所にこうやって、座っていることはできるから。だから。
…少しぐらい、祈っていいよね。
2005/08/07 公開
な、難産やったー…。
やっぱり一人称は無理ですね…。茜ちゃんなら行けるかなとか思ったんですけど。
こ、今回はちょっぴり暗めのお話になりました。
過去の話はまだ触れていないのにこんな所で触れてみました。
どうしてかと言われると…。とある話を書きたかったからです。
それから、タイトル見たら思いついちゃったからです。
甘いのか何なのか…。
情景を想像していただけたら嬉しいなぁと思いますが…無理かな。