河崎玲 作
眠るに眠れない若菜は、閉ざしていた目蓋をうっすらと開く。
「時雨君…」
吐息に乗せた擦れた声で自分の背にくっついている人物の名前を呼ぶ。
くっついていると言うよりは腕の中に居ると言ったほうが正しいだろうか。
「なんですか?若菜さん」
いつもよりも若干低めの声が返ってくる。
時間は深夜。
月のない闇夜では時刻が分からない。
人々が寝静まってからどの位だろうか。
外からは虫の声と風の音しか聞こえない…
月があれば高い位置から地上を照らしている頃だろう。
「暑くて眠れません」
「そうですか?」
ため息混じりの声と軽く笑いの含まれた声が混ざり合った。
いや、夏も終わった今の時期は少し肌寒くも感じる冷たい夜風なのだが、薄掛けだけならばまだしも、人の体温を背中で感じていれば寝苦しいのだ。
冬ならばちょうど寝やすいのかもしれないが、如何せん時期が悪い。
「僕はこのままの方が安心して眠れるんですが」
そういうと時雨は若菜の髪に軽く触れるだけのキスを落とす。
逆に彼からしてみれば若菜が傍に居る嬉しさで眠れなくなる可能性も否定は出来ない。
若菜の髪を手で軽く梳くと、指に絡まることもなく、さらりと元の場所へと落ちていった。
その一連の動きを眺めながら昔の様だとぼんやりと思う。
腕を伸ばしても若菜は彼の腕をかわして捕まることなどなかったのだから。
それが今はすぐに手の触れる場所に、若菜がいる。
なんと幸せな事だろうか。
時雨はふわりと微笑んだ。
「愛しています。若菜さん」
つぶやくだけの小さな声。
若菜に聞こえなくてもただ言いたかった囁き。
腕の中の若菜が身じろぎした。
時雨の頬に感じる体温。
「私もですよ」
顔のすぐ前から聞こえる優しい響き。
若菜がこちらを向いたのだろう。
「私も愛しています」
暗がりで見えはしないないが、時雨には若菜が微笑んでいる様に感じる。
ふいに柔らかな物が時雨の唇に触れる。
くすりと笑う若菜の影。
「お休みなさい、時雨君」
若菜は時雨の胸に顔を埋める。
時雨はえ、と声にならない驚きを表す。
唇に手をやるとまだ残る感触。
なんども感じたことのある、柔らかい、若菜の唇の…
何があったのか理解すると急に頬が火照る。
相手の顔は見えないが、灯りが無くて幸いだったのかもしれない。
最近時雨は若菜に驚かされてばかりいる。
けれどその一つ一つが新鮮で、一つ一つが嬉しくて。
一つ一つが、彼を幸福な気持ちにさせる。
「本当に適いませんね」
ぼそりとため息と共に若菜の頭上に声が落ちる。
時雨は若菜の背に優しく腕を回すと優しく抱き締めた。
「お休みなさい、若菜さん」
言葉と共に、彼は若菜の頭に顔を埋める。
冷たくとも優しい風が恋人達の頬を撫でていく。
お休みなさいと二人に言い聞かせているかのようだ。
月も眠る闇夜。
二人を見守るのは優しい夜風。
2005/09/15 公開
後書きという名の置き手紙
どうも、お久しぶりです。
玲です。
この作品は夜寝る前に考えました。
夜風が冷たくて…
ぶっちゃけ寒いのか暑いのかどっちだって感じです。
何も着ないで寝ると寒いし、着ると暑い。
なんだから二人が二人じゃないです。
恥ずかしいです。砂吐きそうです。
こんな作者ですが見捨てないで下さいね?
2005.09.14 玲