須堂さくら 作
パタパタと、軽い足音。
それは縁側においてある椅子の前で止まった。
唐突に風が吹いて、その人影の髪を、ふわりと浮かせる。
「…今日は風が強いなぁ」
誰にともなく呟かれた声は男のもの。
彼は静かに椅子に座って、微笑んで-少し悲しげに-空を見上げた。
―――――キラキラと輝く、満月を。
再びパタパタと、今度は小走りに足音が聞こえる。
その音にはっとして、座っていた人影が動いた。
「…フィーネ」
彼は呟いて、現れた人影を見つめる。
「はい、大和くん。今日は冷えるみたい。…飲み物とか、いる?」
持ってきた毛布を手渡して、フィーネは首を傾げた。
「ありがとう。…飲み物はいらないよ」
「うん。―――――ね、一緒に見ても良い?」
笑うフィーネに頷いて、大和は言った。
「ちょっとソファを動かそうか。一緒にいたいな」
「…綺麗な月ね。きっとお父様とお母様が笑っているんだわ。子供が幸せそうだって」
柔らかく呟いて、隣に座る人の手に、自分のそれを重ねる。
大和は驚いた顔で彼女を見つめ、ふ、と息をついた。
「僕たちは、月が泣いてるんだと思ってた」
丸い丸い月の輪郭は、緩く霞んで見えたから。
「君の考え方、好きだな…。まるで希望だね」
「そりゃあ、絶望よりは希望が好きだわ。だって暖かいでしょう?」
ふわふわと笑って、するりと彼に寄りかかる。
「あなただって私の希望だわ。お嫁さんにしてくれるなんて、夢みたいだって思ったの」
「僕も。夢じゃなくって良かったと思ってるよ」
「うん。そうね」
「…ずっと悲しい日だった今日に、君がいてくれて良かった。幸せだよ」
ふんわりフィーネを抱き締めて、大和はそっと目を閉じた。
遠い日に失った気がしていた、確かなぬくもりを感じる。
―――――そうすれば良かった。最初のあの日に。
今、そんなことをしたら、あの不器用な弟は、照れて嫌がるだろうか。
「どうしたの?大和くん」
くすくすと笑いだした彼に、抱き締められたままフィーネは首を傾げた。
「うん。今度君にも、弟に会わせてあげなくちゃ」
「なぁに?それ」
「楽しみにしていて。とっても可愛いんだ」
―――――もう、寝る時間だね。部屋に戻ろうか。
…きっと君は、ずっと見つめているのだろうけど。
ねぇ、飛鳥。僕は多分忘れてしまうよ。
今日のこの日が、どれほど僕たちにとって辛い日だったかなんて。
ねぇ、君も。いつか忘れられるのかな。
今日が、幸せな日に、変えられるといいよね。
今日を幸せな日に変えてくれる。
そんな人が、現れるといいよね。
2005/09/04 公開
はい。マイナーすぎてごめんなさい。
多分言わずとも分かってくださると思いますが。
飛鳥くんのお兄さんである大和くんと、その奥さんのフィーネさんです。
時期的にはおそらく『月明かり』と同じ頃だと思います。
あっちのカップルはこんなところには来ないと思うので彼らがね。
タイトルを見た瞬間に思いついてしまったので、これはもう彼らのための物語ですね。