新生DREAM

抱き締めたい

DREAM de お題

河崎玲 作

 もしも

 僕の望みが叶うのならば

 僕は貴女を抱き締める事を望んでもいいですか?

『抱き締めたい』

 それは時雨の誕生日の出来事だった。
 誰かの誕生日の時は必ず、若菜は腕によりをかけて豪華な料理を作ってくれる。
 それは決して秘かにとは言い難いが、若菜に想いを寄せる彼、時雨に対しても例外ではなかった。
 今日は時雨の誕生日だからという事もあってか、若菜は甘さを控えたケーキを焼いて夕食の後に振る舞ってくれた。
 主役である時雨が食べやすいようにと、彼女が気遣ったのだろう。
 実際、時雨も美味しいと言って食べていた。
 彼から見た若菜の作るものは全て美味しいという考えは、今は無視しておこう。

 そのケーキを食べたのも一時間程前で、若菜はすでに後片付けも終えて、自分の部屋で机に向かい、魔法書に目を通していた。
 そんな時、時雨はどうしていたかと言うと、若菜の部屋の前で立ち尽くしているのだった。

「はぁ…」
 時雨はそこで三度目程になる溜息をもらしていた。
 彼には今日中に一つ、成し遂げたいものがあった。
 腕を広げても抱き付いてくれず、抱き締めようと腕を伸ばしても、すぐ避けてしまう若菜。
 どうしても抱き締めたいと。
 誕生日という、自分にとって特別な一日。
 特別な日だからこそ、何か特別な思い出が欲しい。
 近くにいるのに、手を伸ばしても若菜には届かない。
 もしかしたら一生届かないかも知れない。
 そんな不安が常にある。
 彼はそれを感じたくないからこそ、若菜を抱き締めて、近くにいると自分に言い聞かせたいのかもしれない。
 彼はまた溜息をつくと、意を決して若菜の部屋の扉をコンコンと軽く叩く。
「はい?」
 間を置かずに部屋の中から声がして扉が開く。
 若菜はそこに立つ人物を認めて少し驚く。
 彼が部屋を尋ねて来るのはめずらしい。
「時雨君、どうかしましたか?」
 若菜は自分より目線の高い時雨を見上げて尋ねた。
「少しお願いしたい事があるんですが…」
 声こそは震えていなかったが、僅かばかり緊張が混じっていると若菜は察した。
 部屋の前で立ち話をするのも…と言うと彼女は時雨を部屋に招き入れた。
 時雨は部屋に足を踏み入れながら、柄にもなく緊張して鼓動が早くなっているのに苦笑した。
 恐らくすぐ傍の女性にはばれているのだろうなと。
「それで、私に頼みとは?」
 若菜は部屋の扉を閉めると、時雨の方に向き直す。
「あの…」
 時雨は恥ずかしさからか若菜から目を逸らして小声で切り出した。
「…少しでいいので…抱き締めさせて頂けませんか?」
 言いおわるまで時雨は若菜と目を合わせることが無かった。
 いつもと違う時雨の様子に驚きを隠せない若菜。
 普段の彼なら半ばふざけているかのように、にこやかに笑いながら腕を広げ、挙げ句名前を呼びながら抱き締めようと近付いて来る。
 そんなものなのだが…
 若菜は普段の時雨と、目を合わせることも出来ないような時雨とを比べ、真剣な頼みなのだろうと言う考えに行き着いた。
 若菜は軽く溜息をつくと、仕方ありませんねと言うように言う。
「少しだけですよ?」
 軽く首を傾けて苦笑いを浮かべた。
 時雨はぱっと頭をあげる。
 若菜と目が合った。
 許可が得られたのが嬉しいのだが、目が合った事さえ喜ぶようにやんわりと微笑む。
「ありがとう…ございます」
 時雨は腕を伸ばして若菜を優しく抱き寄せると、ぎゅっと彼女を抱き締めた。
 彼女の存在を確かめるかのようにしっかりと抱き締める。
 若菜は時雨にしがみつくかのように抱き締められている。
「若菜さん…僕はずっと不安でした。」
 時雨はふうっと溜息をつくと、彼女を抱き締めたまま、耳元で呟く。
「なぜですか?」
 若菜は抱き締められたまま答える。
 心なしかすぐ傍にある時雨の肩が震えているように感じる。
「貴女が…僕の知らない内に手の届かない所に行ってしまうんじゃないかって…」
 時雨の手に一層力が籠もる。
 若菜はいたたまれなくなってそっとかれの背に腕を回す。
 彼女は時雨の肩に顔を埋めると囁いた。
「何を言ってるんですか?…こんなに近くにいるというのに」
 自分の存在を時雨に確かめさせるように、彼女は腕の力を少し強める。
「そうですね…そうですよね…」
 時雨は目頭が熱くなるのを感じた。
「若菜さん…ありがとう」
 擦れた声で呟くが若菜は何の返事も返さない。
 聞こえていないのだろうか…
 否、それはないだろう。
 きっと返事は時雨が一番よく分かったに違いない。
 若菜の腕の力が一瞬だが、強くなったのだから…

 時雨は胸の中で願う。

 今、この距離のまま

 愛しい貴女と僕の心が

 永遠に

 離れませんように…

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2005/02/05 公開

後書きと言う照れ隠し

なんというか…
書いている私が恥ずかしい。
いやはや皆様コンバンワ(現在某月某日深夜二時を回りました)
ええと、この作品は書こうと思い至ったのは二時間弱前でこざいます(汗)
相も変わらず駄文にございますれば、皆様のお目を汚していまいか不安なものでございます(滝汗)
書いている私からは少々時間が早いですが、時雨君、お誕生日おめでとう。
なんか君はシリアスだとヘタレにならないね(なっちゃ困る。)
今年一年もクサイ台詞を平気で言える君で居てください。まる。

それでは、皆様、ここまで読んで頂きありがとうございました!

2005.02.03.
ペットボトル湯たんぽが意外と暖かくて眠気に誘われながら